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最高裁判所第一小法廷 昭和26年(オ)414号 判決

上告人 千葉県知事

被上告人 塩尻太九郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士日下一郎、同小川哲二郎の上告理由第一点について。

しかし、自作農創設特別措置法に基く農地買収処分については、民法一七七条は適用ないものと解するを相当とし、この趣意は当裁判所判例のすでに明示するところである(昭和二五年(オ)第四一六号同二八年二月一八日大法廷判決、集七巻二号参照)。それ故原判決には所論の違法がなく、採用できない。

同第二点について。しかし原判示の如き理由の下に被上告人に本件農地の所有権がないからといつて、直ちに本訴請求の法律上の利益がないものといえないとした原判決の判断は当裁判所も正当として是認する。所論は自作農創設特別措置法七条一項を云為するが、同法条は右の如き出訴の利益を否定する趣旨のものと解すべきではない。所論は叙上に反する見解に立脚しこて原判決を非難するものであつて、採るを得ない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 下飯坂潤夫 斎藤悠輔 入江俊郎 高木常七)

上告理由

第一点 原判決は、法令の解釈を誤つた違法がある。

原判決は、その理由において「本件買収計画樹立当時は、弥九郎の所有であつたものといわなければならない。控訴人は、仮に本件土地が中山弥九郎の所有であるとしても、本件買収計画の樹立された当時、同人は未だ所有権取得登記を経由していなかつたから、民法第百七十七条により、その所有権取得を以て第三者である控訴人に対抗出来ないと主張するが、同条の規定は私法上の物権変動においての対抗要件を規定したものであつて、国家公権力の行使としての農地買収における公法上の関係に、当然適用ないし類推適用されるものでないと考えるから、この主張を排斥する」と判示した。

然しながら、原審は本件土地は被上告人が明治四十一年十月二十二日、実父中山弥惣吉の請求により福原利八から買戻したことを認定し、右土地は中山家伝来の家産として、被上告人からその家督相続人に贈与したことを認定した。これによると、四十数年間、被上告人はその所有名義を変更せずそのままであり、又受贈者中山家も、その後数代を経過している。今日、所有名義の変更もない処を以て見れば、果して真実贈与したものであり、その所有権が中山家現在の家督相続人に帰属したとのことは甚だ疑問であり、加之自作農創設特別措置法に基く農地買収は、国家公権力の作用に基くものに対しては、民法第百七十七条の適用ないし類推適用はないと判示した。

この場合、同法条の適用ありや否やは説の存する処であるが、同法条を以て、私経済取引関係にのみ関するものとの見地に立ち、農地買収の如き行政権的権力作用に基くものに対しては、その適用を否定せんとする見解があるが、右法条に対しかくの如き制限を付する必要何処にありや。権利侵害は、私人による侵害に対し司法裁判、民事裁判所がその権利侵害の保護機関であると同時に国家、又は行政庁による権利侵害に対しても、また司法裁判所、民事裁判所が権利保護機関である。今日、右法条を二つにその適用を区別すべき何等の必要も理由もないと考える。加之、農地買収は一定期間内に集団的多量に行わねばならぬ実情にあり、個々の買収処分において、一々農地所有者の実質的帰属に立ち入つて調査することを求めるのは、殆んど不可能に近く、行政権と司法権との混同を来す虞れがある。殊に、農地買収計画の日時における登記簿上の記載資格を信頼して買収処分を為すことが最も適正を得られる処であると考える。若し反対説を採るときは、自己の取得した権利につき未だ登記を経由せざる者は、その権利を以て一私人には対抗し得ないに拘らず、却てその権利を権力作用の主体たる国家に対しては対抗し得るという奇観を呈することになる。又農地買収が原始的取得だという方面から見ても、民法第百七十七条を適用すべきでないということはできない。即ち不動産の時効取得の如きは原始取得であるが、その権利取得者は、登記がなければ第三者に対抗できないということは一般学説である。依つて、原判決は民法第百七十七条の解釈を誤つて、これを適用しなかつた違法がある。

破毀を免れないものと信ずる。

第二点 原判決は、法令の解釈を誤つた違法がある。

原判決は、その理由において「又控訴人は被控訴人は自ら本件土地について所有権がないことを主張する以上、本件買収計画によつて何等権利を害せられるものではないから、本件買収計画の違法を主張して、本件裁決の取消を訴求する法律上の利益がないと主張するが、前段認定によれば被控訴人は弥惣吉に対して本件土地を贈与したものであるのに、現在登記簿上被控訴人である以上、弥惣吉の地位を弥太郎を経て相続により承継した弥九郎に対し、契約上所有権移転の登記をなすべき義務があり、これを怠れば弥九郎に対し法律上、損害賠償の義務があること明白である。よつて、贈与者として本件買収計画の取消を得て、弥九郎に対して所有権移転登記をする必要と責任があるものというべく、この観点よりすれば、被控訴人に本件土地の所有権がないからといつて、直ちに本訴請求の法律上の利益がないものとはいえない」と判示し、上告人の主張を排斥している。然しながら、訴は判決による権利保護の要求であり、従つて訴は裁判上保護さるべき権利があつて、訴がなし得る処である。

然るに、被上告人はその主張自体から見ても、本件買収計画の農地には、何等の権利がない中山弥九郎に所有権を移転すべき登記義務だけである。加之、自作農創設特別措置法第七条第一項において、その所有権保護のため買収計画に対し「所有権を有する者は、当該農地買収計画について」と異議権を認めている処であるが、被上告人の如き、所有権が自己にないものにはこの異議権もないのであるから例え本件買収計画に対して異議訴願を経由しても、元来違法なる異議訴願であつたので、そのなかりしものと同一であるから、訴の利益もまたないというべきである。

原判決は、被上告人が訴外受贈者中山弥九郎に所有権移転登記をする必要と責任があるものとして、本件土地の所有権がないからといつて、直ちに本件請求の法律上の利益がないとはいえないと判示して、上告人の主張を排斥したが、受贈者である中山弥九郎(登記権利者)の要求がなくては、被上告人は所有権移転登記はなし得ない。権利者において、権利の行使をしないためその物権の滅失毀損したからといつて、直ちに義務者において遅滞の責任のないのに損害賠償の責任ありとは断じ得ないと考えられる。

この点においても、原判決は法令の解釈を誤つた違反があり、

破毀すべきものと思料する。

以上

(原稿のまま)

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